昨日のコラムで、トレーディングシステムに管理限界を設けるべきだと述べました。既にお分かりの方も多いと思いますが、この考え方は主に工業分野における品質管理に由来しています。
いわゆるQC七つ道具の一つである、X-R管理図(エックス・バー・アール管理図)と同様のものです。

過去のコラムでお話しましたように、私は以前勤めていた会社において、研究開発から量産までを一貫して行なってきました。
研究開発の段階では、とにかくチャンピオンを作り出すことが重要でしたが、量産段階になるとそれではどうしようもなくなります。

毎日最高性能の製品を作り続けるのは土台無理な話であり、顧客からの要求仕様とチャンピオンデータ、そして製造時の品質のバラツキを考慮して、設計仕様を決定するわけです。
そして、製造段階においてそれを日々管理するための道具が、上述のX-R管理図ということになります。

X-R管理図においては、平均Xと範囲Rについてそれぞれ、中心線とその上下(範囲の場合下限は0)にある管理限界線を、あらかじめチャート上に設定しておきます。
そして、日々生産される製品から決められた個数を無作為に選んで、その設計仕様に対する実測値を測定し、それらの平均値と範囲をそれぞれチャート上に時系列で記していくわけです。

それらが管理限界内に収まっている間(厳密にはチャートの癖を見る必要があります)は、基本的に問題はないと見なし(チャートの癖によっては問題が隠れている場合もあります)、そのまま生産を続けるわけですが、一つでも管理限界を越える製品が見つかった場合は、直ちにラインをストップし、その原因を徹底的に追究します。

まあ、実際の現場では大抵の場合、それは品質管理項目違反の単なるケアレスミスによること(あるいはそのように結論付けること)が多いのですが、中には品質管理項目に策定されていない要因でスペックオーバーとなる場合もあります。

例えば、製造に使用する工具の寿命を明確に規定していなかった、などといった原因が、それによって新たに浮かび上がり、改善がなされるわけです。
余談ですが、そのために用いられる手法の一つが、いわゆる「魚の骨」(特性要因図)となります。

さて、この手法をトレーディングシステムに応用してみるとどうでしょう?
それが、昨日のコラムで述べた、トレーディングシステムに管理限界を設ける、ということになるわけです。

その運用方法は、X-R管理図と全く同じです。すなわち、資産残高が管理限界を越えたら(実質的には管理限界を下回ったら)システムに異常が生じたと判断し、直ちに運用を停止することになります。

そのまま他のシステムに切り替えても良いですし、しばらく仮想運用を続けて資産残高が再び管理限界内に戻ってきたら、運用を再開しても良いかもしれません。
いずれにしても、管理限界を越えた時点で、一旦はそのシステムの運用を停止することが肝要です。

この管理限界は、当然のことながら過去の資産推移から決定されます。そこには、未来予測が入り込む余地はありません。
資産残高が管理限界内で推移する分には、そのまま運用を継続するだけです。

その大前提は、管理限界はいつかは破られる運命にある、ということです。永久に機能し続けるシステムは、恐らく存在しません。
しかし、システムの崩壊に合わせて資産もまた崩壊させる必要は、全くないのです。

LTCMが崩壊したのは、過去のデータに基いて未来のリスクを決定したからではありません。その手法が正しいと思い込み、柔軟な対応が取れなかったから崩壊したに過ぎません。
あえて言うならば、さらには流動性が十分でない市場に集中しすぎたため、想定リスクを大きく超える異常に気付いた時には、既に撤退不能になっていたのかもしれません。

そのことから、二つの重要な指針が浮かび上がってきます。一つは、管理限界の設定は資産を大幅に棄損しない範囲に留めること。そしてもう一つは、管理限界を突破した直後から完全撤退を果たすまでの間で、資産を大幅に棄損しないことです。

一つ目の指針は、バックテストなどを通じて適切な管理限界を模索するしかありません。そして二つ目の指針は、できるだけ流動性の高い市場や銘柄で運用すること、それらを選定する際には十分にファンダメンタルを考慮すること、運用資産をできるだけ分散すること、などが考えられます。

そうすることで、少なくとも、たった何回かのシステム破綻で市場から撤退せざるを得なくなる、という事態は、避けることができるものと思います。
何度も申し上げますが、未来は予測するものではありません。管理するものなのです。